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マサイと跳ぶ、そしていのちの味

『マサイと跳ぶ、そしていのちの味』

2007年、ケニアのマサイ族の民芸追求と舞踏。当時勤めていた民芸会社のS社長夫妻とS先輩の4人で、このふたつの目的を民芸品の買付のかたわら果たすために、自動車で6時間かけて首都ナイロビからアンボセリ国立公園内にあるマサイランドに向かう。ガイド役のチェゲの案内で、6/23から6/25で4つの村を巡った。24日午後、3つめの村アランガルアに到着するとチーフの息子たちが出迎えた。「わたしはチーフの息子、ここの暮らしと文化を紹介しよう。何を聞いても撮影しても構わない。まず村に入るには心づけを頂く、ひとり40USドルだ。」という。入村料を払うと男組、つづいて女組が列をなし歌い踊りながら村の入り口から出てきた。歓迎の踊りだ。男も女もみな若い。一列に並ぶと男は垂直に跳びはじめ、女は顎をつきだすように、ゆるやかにからだを揺らめかせる。やがて僕とS社長は男組に、S社長夫人は女組にくわわる。マサイの男たちは跳びあがる際、まず背骨を大地に対し垂直に保つ。助走のような垂直跳びを何度かつづけ、勢いをまして高く跳びあがる。着地するときは地べたをたたきつけるように踏む。男たちは歌の合間に甲高い声をあげ、テンションをあげる。僕は身長186cm。ひょろっとしているので体型だけはマサイっぽい。隣の男からライオン除けの伝統的なマサイブランケットと「オルクマ」と呼ばれる棍棒を借りる。即席マサイとなった僕は見よう見まねでジャンプする。僕の横でびょーんびょーんと跳んでいるやつのマネをするために顔を横向きにしていたため、腰をまげた不格好な跳び方になってしまった。高く跳べることは勇気の証。赤いカンガ布で着飾るマサイの娘を虜にする。しかし、こんなへっぽこな跳び方では、ダンディーマサイにはなれない。悔しいからがむしゃらに跳び続けた。翌朝、筋肉痛、跳びすぎた。ガイドのチェゲが「朝、訪村すればマサイの普通の生活が見られるぞ」というアドバイスで、朝6時半に出発。4つめのエンチュラ村には150人が暮らす。牛320頭、ヤギ250頭、そして羊と比較的裕福な村だ。粘土と象の食む草をまぜた壁と天井からなる家は、みな同じ設計で、女たちが作ったものだそうだ。家々は円形に並び、夜家畜を入れる広場を囲っている。その外側には茨を並べ積み上げてライオンの侵入を防ぐ。村の中央広場には放牧前の家畜たちがひしめいていた。牛の乳搾り、薪割、朝の支度をする女たち。男は家事はしないという。首長の息子セスに頼み、マサイの朝飯をいただく。内容はいたってシンプル。メインは牛乳とヨーグルト。一日平均3~10リットルは摂取するという。遺伝的な要素もあるだろうが、それだけ飲めば背も高くなるだろう。あとは家畜の肉。野菜は食べないそうだ。牛の生き血は新生児誕生のめでたい機会に飲まれる。月に一度あるかないかの貴重な栄養源。1リットルも生き血を飲めば、衰弱した病人も元気になるという。今朝の献立は、しぼりたてで無殺菌の牛乳。そして我々のための特別メニュー「牛の生き血」、そして食後に紅茶。まずは「キブュ」と呼ばれるひょうたんの水筒で牛乳をいただく。生あたたかく、ほんのり香ばしい。甘くて美味。この香りに秘密は、ひょうたんの手入れ方法にある。エソシアンと呼ばれるブラシに、オイエリエンの木の炭粉をつけ、キブュの内側を掃除する。一種の殺菌作業だろう。続いて、本日のメイン、牛の生き血。3人の男たちに引っ張られ、連れてこられた茶色の牛は血を絞るのに適した3歳牛。牛の首元を皮の帯で締め、男たちが牛の頭を地面に固定する。ドクターと呼ばれる男が、矢を弓に仕込み、首もとの血管に刺す。鮮やかな赤い液体が流れ、それをさきほどのひょうたんに溜める。出血口には牛の糞がまじった土を塗りたくり、止血されると、牛は解放された。ファースト・ブラッドは牛を提供してくれたご婦人が堪能。つづいて僕。ごくり。おお、あたたかくてちょっぴり塩気がある。オイエリエン炭のおかげか、生臭さはない。台湾でたべた猪血腸詰の味を予想したが、それより旨い。もう一飲み。マサイ、マヤ、アステカ、ヒンドゥ、ユダヤ、そして日本。流血供儀や邪術使用、血液信仰、輸血。世界各地で、血にまつわる浄・不浄の観念があれども根底にあるのは、血はいのちの源である、という感覚。特に牛は糞にいたるまで人間の生活に役立つ聖なる動物。血=いのち、を飲むことは、ちからを得ること。食べることはいのちのやりとり。生きることの根源をおもう。

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