一周忌の思い出
「食べに来れて本当に良かったよ。」
そういってIさんは店の扉を開けて帰って行った。
そうなんだ、とIさんとの話を静かに考えていると、
また彼が戻ってきた。
どうしたんですか、と尋ねるとニコッと笑いながら
「車に積んであったから、これ竹ちゃんにあげるよ。」と
1枚のアルバムをくれた。
Iさんがボーカルを務めるバンドのアルバムだ。
極楽カリーに来店された2ヶ月後、
彼は肺癌で天国に旅に出た。
Iさんとは、横浜のとある店で会った。
今はもうないのだが、美味しいコーヒーとオーガニックワインを
飲める小さなお店だった。
2012年を迎える前で、共通の話題もあり話が弾んだ。
その後、Iさんは葉山に引っ越し、僕は鎌倉に引っ越した。
近いようだが会うことはなく時が過ぎ、横浜の出会いから
2年経ったとある日の夜、Iさんが僕の店に来てくれた。
一目見てずいぶん痩せられたなと思ったが、あえてこちらから
そのことには触れなかった。
チキンカレー、サラダそして食後にチャイを残すことなく
召し上がってくれた。
「すごく、美味しかったよ。しばらく、ベジタリアンだったんだけれど、タケちゃんのカレーは食べられた。ありがとう。実は、俺いま闘病中で玄米菜食の療法を続けているんだけど、ふとタケちゃんが鎌倉に店出したのを思い出して、ふらっと寄ってみた。」
「食べに来れて本当によかったよ。」
チャイを飲みながら、他にお客様がいなかったのでふたりだけの店内でIさんが以前出したアルバム、特にぼくはその歌詞が
素晴らしい旨を彼にとうとうと伝えると、新しいアルバム作ったんだ、持って来ればよかったなあ、と彼が言った。
店を一度出た彼は、
引き返してきて、僕に新しいアルバムをくれた。
僕の店には世界各国のCDがあるが、日本語のCDは4枚だけで、
そのうち2枚はIさんのものだ。
今日ふとIさんのアルバムを久々にかけた。
ちょっと気になり過去のフェイスブックを見ると
今月が彼の1周忌だった。
Iさんがくれたアルバムの最期の曲の歌詞の一節はこうだ。
『上を向いて歩こうぜ。
涙がこぼれてしまわないように。
天使が消えた街に
メロディは聞こえてこない。
上を向いて歩こうぜ。
涙がこぼれてしまわないように。
・・・・・』
スピーカーから流れるメッセージ。
歌詞カードに目を落としていた僕はふと
顔をあげ、上を向いた。
店の外を見ると
鎌倉ではちょっと季節はずれの
小さな紫色の蝶がひらひらしながら
店の窓ガラスに何度となくぶつかり、
空の上へと飛び去った。
Iさんだ。
そう思ったとたん、上を向いていたのに
涙がこぼれてしまった。
Iさん、またご来店ありがとうございます。
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極楽カリー