死ぬかと思った エクアドルでのこと
命の危険を感じて身が固くなる思いを久々にした。エクアドルの民芸町オタバロは、政治的なデモのため民芸マーケットは普段の四分の一も出店しておらず、かわりに広場には防弾チョッキを着た警官、そして拡声器で何かを訴えている群衆がいた。買付の仕事にならない。悪いニュースは続く。今日はオタバロから首都キトに戻らねばならないのだが、帰路を農民たちが道を封鎖し、往来する車を石を投げつけ襲う可能性があるとのこと。舗装された道を断念し、インカ道と呼ばれる未舗装の旧道で帰ることになった。買いつけの荷物が満載でチーム全員が車に乗ることができず、ひとりピックアップの荷台に、ほろをつけて乗って帰ることになった。最初に荷台に乗ったのは、輸出業者エクアドル人のL氏のパートナーC夫人。未舗装の道をがたがた大きく揺れながら戻る。道の幅は車が一台ぎりぎり通れるほどの細さで、さらに横は崖、下はいくつもの沼。運悪く天候は悪化し気温は下がり雹や雨がふってきた。ぬかるみながら、車は進む。普段、無神論者を自称するL氏が、神に祈っている姿を見て、おもわず状況の深刻さに身がすくむ。ハンドルさばきを少しでも間違えば、みな死ぬのだ。L氏が、車を止める。皆で荷台のC夫人の様子を見に行くと、寒さと真っ暗な中でのさみしさからだろうか、彼女は泣いていた。選択の余地はない。買付チームで男はL氏と僕しかいない。僕が荷台に乗る事になった。揺れを寒さを防ぐため、買い付けたポンチョをいくつも重ね着し、マフラーを巻き荷台に横になる。上から幌がかぶせられ、真っ暗になった。幌の上にボタボタと激しく音を立てながら雨が落ちる。下からはがつんがつんとタイヤの振動が、全身に響く。どれくらい走ったのだろうか。ホロが開けられ、外を眺めるとドロドロのじゃがいも畑の真っただ中を走っていた。ピックアップはタイヤが大きいので、なんとか畑のなかを進んでこれた。わだちを使って走ってきた他の普通自動車は泥に埋まって立ち往生していた。唖然としていると、わだちの反対側から、車がやってきた。「100ドルでレスキューする。どうだ?」。地元の人々だ。素直に従い、彼らの車の後についていく。谷川が見えてきた。道がない。レスキュー民は細い板をふたつ橋架け、これで渡れ、という。L氏以外車を降り、先に板を渡る。足をすべらせれば、日本に戻ることはない。L氏が口元に握りこぶしを作り、また祈り、車を進ませた。道なき道をなんとか戻り、キトについた。皆で無事を喜び、L氏の車に「ミラグロ(奇跡)」という名を付けた。