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鶏長明の昔はなし

今は昔、鎌倉は長谷観音の元、由比ノ浜にあやしき男あり。天竺より伝わりし、鶏を薬草と塩で煮る汁を売る店をはじめん。男、客を呼ばんと欲し、店のうち、そとの壁にあまたの神仏を描きしるす。人びと、あの店のあるじ、もの狂ひぞ、あなおそろし、あはれ、近づくべからずと噂す。客足よろしからず。男惑いて鎌倉中の寺社に詣でて祈願す。諸神仏、良く効くも、八幡の神、他の神仏を説く。今はこの男の願い叶えれば、男、天狗に変ぜむ。財、人の恩、時の運のありがたしを省みず、いよいよ我ら神仏に頼む一生とならん。今は叶えず、男の働きや見定めん。諸仏頷きて、願い叶えず。依て、いよいよ店、潰れんとす。男、家賃未払いを憂ひて、夜も眠れず由比の浜をさぶらふ。海に向ひて、店の有様、かたはらいたしと叫び、波に身を投げんとす。たちまち水面ひかりて、海底より十一面の観世音現はる。これ、長谷観音の化身也。観世音、男を諭しつつ、汝の作りし天竺の汁、我に捧げよ。まことなれば、店救わん、偽りあれば、鬼神たちまちに汝の魂まで喰らい、店ごと潰さんといふ。男、やんごとなき奇瑞におほけなくも、まことを捧げんと発心し、汁をいつく。汁をたいらげし観音、あな珍し、いとありがたき味、まこと也。我、極楽浄土の阿弥陀仏にこの汁のこと口コミせんと男に告げ、瑞雲に乗りて西の天に昇る。男涙を流し、この汁を極楽汁と名付け、はげむ。人びと、この伝えを聞きて、極楽汁を欲し、男の店を訪ねることおびただし。のちの人、由比ノ浜に極楽汁ありけり、鎌倉の珍味なること、長谷観音の慈悲のおかげなりと申す。