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随筆 商売人たちのスタートライン インド 旅の回想

ムンバイ、フォート地区の小さな路地の一角で見かけた男は、地面に座り黒曜石のような塊を秤に乗せ、彼の周りに集まっていた男たちにその塊の効用を朗々と説いていた。男は様々な病状のイラストを用いながら、おそらく病を治せる薬を売ろうとしていたんだろう。フォート・コチのビーチに沿った散歩道にはアラビア海で取れた魚介から、Tシャツ、水に浮かぶおもちゃ、様々な形をひねり出せる製麺機?、インドの長粒米に客の名前を書く商売まで雑多な露店が並んでいた。
 旅先で幾度となく触れてきた「見慣れた」光景。これまでは露店を見ても、旅の風情ぐらいにしか記憶に残っていなかった。そこで法外な値段で売ってくる品物を、値切って買うのも、旅の醍醐味と思っていた。カレー屋の前は、民芸品を輸入する仕事をしていたから、仕入れの値段交渉もドライにしてきた。でも今回の旅は違って見えた。3年前に始めたカレー屋。自営業、自分でお金を稼ぐことがこんなに大変なことだとは開店するまで思ってもいなかった。石の上にも3年。本当にわずかではあるが、自分で商売をしてお金を稼ぐ人たちの気持ちがわかるようになってきた。だから、露店の親父たちが商売している姿にとても共感を覚えた。もし自分が異国の地で、店もなく路地で商売をしなければならぬ場合、一体何ができるのだろうかと想像した。なんでこんな路地で、誰が買うかわからないような品々を売っているんだろう、と半ば上から目線で見てきたのだが、その目線がガラリと変わった。出会った全ての店の人たちは、すごいな、と素直に尊敬できるようになった。とにかくお客引きが強引だった思い出のあるエジプト、インド。鬱陶しさに辟易し騙されまいとせんが為に、強い口調で「No !」と言っては売り子を追い払っていた。しかし、今回の旅でクロフォード市場でしつこい売り子に、「今は何も買う気がない。すまないが、今日これから商売繁昌になればいいね。」と言えた時、新しいスタートラインに立てたと感じた。