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随筆 旅の途中に

僕は毎朝50リットルのバックパックを背負い、買い出しをしてから店に向かう。たまに常連のお客様と合うと「あれ、どこか旅行に行っていたの?」と聞かれたりする。背負ったリュックの中身は、キャベツ6個に人参6本、きゅうり9本に牛乳パック3つ。毎日だいたい10kgを担いでいく。旅とまちがわれても仕方がないほど、パンパンに膨らんだバックパック。近所の八百屋兼魚屋には鎌倉の飲食店関係者が数多く仕入れにやってくる。別のカレー屋さんの先輩にもちょくちょく顔をあわせる。僕のバックパックを見て常連客の同じことをいう。「このまま旅に出かけたいですよ」と冗談を返すと、先輩は笑いながらこう言った。「僕らは未知の危険に出会う世界一周の旅よりも、もっとハラハラするリスキーな旅みたいなお店を毎日やってるじゃないの、自営業は旅よりも命がけだよ」と。
1960年代、日本人が海外旅行に出かけ始め、1970年代はヒッピー文化、1980年代はバブルでリゾートに邁進し、1990年代はバブルが弾けて「じぶん探し」の旅が増え、2000年代は世界一周がありふれたものになり、911の後はテロが増え、世界一周もある地域の渡航はし難くなり、今2017年。ガイドブックもない時代から、lonly planet、地球の歩き方が出版され、ネットカフェが出現し、wifiやタブレット端末、スマホが発明されたことで、旅の仕方やその記録、発表の場は手軽に身近に
誰でも気軽に行えるようになった。snsで、誰もがどこからでも旅の情景を切り取ってみせてくれる。ブログで世界一周の顛末を書きつつ、それを満員電車の中スマホでチェックできたり。溢れ切って、掬い取れきれなくなった情報にまみれて、個人の旅の記憶が消えていく一方、気軽に書籍化されて新たな旅人を生み出すきっかけを与えたりもしている。
僕は会社つとめをやめるとき、妻と冗談混じりに話し合った。世界一周をするか、自分で商売を始めるか。世界一周がブームだった時節のこと。結果、旅には行かず、鎌倉でカレー屋を今もしている。毎日バックパックを背負って、旅するよりも危険な自営業、どこが到着だか、わからないが、旅の途中なんだ。