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2013年3月11日、東日本大震災の供養祭に師の代理として笛を吹くため仙台へ向かった。津波で流された土地を見ながら、供養祭を取り仕切る神主さんは「土地が何も言わん」と言っている。僕には見えないものが見えたり、聞こえるといった力は全くないが、共感できた。おそらく土地の精霊や神様までもが沈黙してしまった、という意味なのだろう。川岸では、前日に作った葦船に、花束やおむすびが供物として添えられた。神主さんが神事を行い、僕は笛を吹いた。曇天から一瞬お日様が顔を見せ、「岩戸が開いた」。葦船を囲む参加者や遺族に、「見よ、これを見よ。亡くなった者たちが、、、」と涙を流しながら神主さんが船上に供えられたおむすびを指さした。津波で亡くなった御霊たちが、おむすびを喜んでいる、らしい。むろん僕には何も見えないが、何となく、おむすびの米粒ひとつぶ、ひとつぶに、亡くなった方の笑顔が映っているようなイメージを抱いた。
 川岸を離れ、とある小学校へと向かった。教室の時計の上あたりまで、浸水した様子が残っていた。数多くの子どもたちが、亡くなったと伺った。近くにお地蔵さんがあるのだが、お地蔵さんのまわりに、すがるように、子どもたちの遺体が流れ集まっていたそうだ。蛇之倉から行者様が40人いらっしゃり、護摩焚による供養が始まった。昨夜の雪が嘘のような、綺麗な空に般若心経が響きわたる。それまで、怖いよう、怖いようと泣いていた、亡くなった子どもたち、だいじょうぶだよ、だいじょうぶだよと子どもたちを守る先生方の御霊が、お地蔵様に導かれ、護摩の煙を階段にして天に昇っていった。