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Spiritriparadispice ~精霊、トリップ、極楽、スパイス

京都のSTAGE出版に許可頂き『Stage2』掲載の原稿FBに転載できるようになりました。ここで発起人の赤阪夫妻に御礼申し上げます。有難うございます。

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「Spiritriparadispice ~精霊、トリップ、極楽、スパイス~」
               極楽カリー店主 竹迫順平
 スパイスは体を活性化させる。薬草は病いを癒す。意識を変容させ、ドラッグと分類されるもの。これらは植物たち。誰が、いつ、どうやって「効く」のを知り得たのだろう。怪しいとか胡散臭いとか蔵書が精神世界に偏っているとか指摘されるが、否。鎌倉の小さなカレー屋「極楽」の基盤は、人類学あるいは民族学的好奇心だ。これから書くことはもちろん僕の暴走する妄想。呪い師、シャーマン、魔女、魔法使い、精霊使い、巫女、神官、僧侶、行者。太古より見えぬ聞こえぬ世界の存在とコミュニケーションがとれる人々がいる。神仏、精霊、鬼、魔物、あるいは宇宙人。超自然的存在が、彼らに教えた。チベット医の始祖ユトクの伝説を思い出す。薬草の知恵と苗は、薬師如来から人類への恵みとして授けられた。花を咲かせるインドの行者は蕾を口説く。プレアデス星人から中南米の民にもたらされた有用植物、その中には赤唐辛子やトマトなどカレーに欠かせぬ食材も混じっていたかもしれない。『シャーマニズム、古代的エクスタシー技術』。とある宗教学の大家はのたまった。そう、薬草、スパイスはエクスタシーを伴う自然の恵み。食べる人の肉体を、魂をも解放してくれる。僕の友達にヨガの先生を育てる先生S氏がいる。脳みそではなく、身体で感じる力に優れている彼が言っていた。ブロッコリーなどのつぼみの野菜を食べると、その花咲く寸前の圧倒的なエネルギーを感じる。レタスのようなふわっとした野菜を食べると、背中に羽が生えて飛べそうになる。豆を食べると、下半身があつくなって命そのものの塊を感じる、と。S氏に僕のカリーを食していただいた。「極楽だね」と、ありがたい感想をいただいた。きっと体が開いていた、より自然とつながっていた人たちは、もっと豊かに、スパイス始め食物一つ一つが身体に取り込まれ反応していく感覚を得ていたのだろう。だからこのスパイスが体のどの臓器や組織に「良い」とか反応するとかは、理屈抜きで感じていたのだ。
 どうしてカレー屋になったのか、今も僕には分からない。ただ、これから続けていく為の動機ができた。「カレーとスパイスで日本人を長寿にする。」ことが出来れば、本望。極楽の棚にカリーに使うスパイスが瓶に入って並んでいる。その瓶の一つには、期限が切れた穴の開けられたパスポートが封印されている。時々僕は、それを瓶から取り出して、ページをパラパラとめくって各国の出入国スタンプを眺める。蘇る記憶。南米を旅していた時、その後会社員として訪れた様々な国。怪しく、マニアックで、珍しく、面白く、ちょっと胡散臭い。そんなモノに惹かれ続けている。ボリビアで見た魔女通り、チョリータのおばちゃんの籠にはリャマの胎児のミイラが顔を覗かせている。土着の信仰と基督教がまぜこぜなお守りや薬草、聖水や媚薬ばかりが売っているメキシコのメルカド。僕の魂を救ってくれた、ウアウトラヒメネスメのキノコと聖歌。アンボセリのマサイ族から買ったライオンの牙。太平洋の底に棲むスポンデュルス貝の桃色の指輪。パキスタンの香辛料屋には極彩色のピラミッド型に盛られた数々のスパイス。ふと見上げると太陽の周りに丸い虹がかかっていた由比ヶ浜。正月を迎える観光客でぎゅうぎゅうになり身動きが取れなくなって圧死が頭によぎったバンコク伊勢丹近くの広場。ルクソールからデンデラ神殿に向かう、観光客など誰もいないローカル列車の中で、声が文字になる程姦しく聞こえたエジプト人たちのおしゃべり。キューバでは闇レストランで海亀のスープを食して。45度の気温、冷房もなく停電でファンもろくに回らない室内で昼寝後のベッドが寝汗で尋常でなかったラホール。豚の血の腸詰が超美味えタイペイ台湾。カツオとサツマイモのフィッシュアンドチップス、海で亡くなった人の生まれ変わりたるヤシガニを茹でて食したガダルカナル島。キニーネを飲んでも夕方には足首や肉の柔らかい部位目指して刺しにくるマラリア蚊に怯えるソロモン諸島。乗り継ぎのヒューストン空港のシーザーサラダ。崖下に落ちる寸前の悪路をなんとか通り過ぎ、半死半生の思いで首都に帰ったオタバロ、エクアドル。同僚のバスルーム、誰もいないのに突然蛇口からお湯が吹き出てラジオがついたメキシコCITYは幽霊ホテル。ガラタ橋の下、鯖サンドとイスタンブールのグランドバザールに垂れ下がる無数のトルコランプ。数日間、激しい下痢でオルサリンと日本から持ってきた梅干しで過ごしたバングラデシュ。早朝、深い紺色の空、二つに重なる雲の切れ目で、3回ご来光が拝めた高地ムンナールで流した涙はインドの霧とまじって。大蒜が丸ごと入っている鶏スープを口にした瞬間、アジア人でよかったとしみじみ感じいった、シンガポールの空港は、日本へ帰る飛行機の乗継ぎ待ちのわずかな時間。タンザニアのなんちゃって中華料理屋で料理をサーブする黒人に、中国語は喋れるかと、中国語で質問した日本人のずれた感覚を思い出し笑い。地震で崩壊したボダナートを修理すべく竹の梯子が重なり合う、それこそ祈りが行動に見えたカトマンズ。土砂崩れで村ごとなくなり、村人はこれからどうなるのだろう、焼け石に水のごとき自分たちが日本から持ってきた「援助品」の価値はいかほどに、再びのカトマンズ。津波に飲み込まれ、ご遺体が自然と集まっていたという地蔵尊で焚かれた護摩だきの煙は亡くなった魂を天へ運ぶ階段となり、311から1年たった宮城県はその日も雪が降り。供物で川に流す葦船にはおむすびが山と積まれ、その米粒ひとつぶ一粒には、亡くなった霊たちの笑顔が見えた神官、その横で笛を吹く僕は誰なんだろう。大量の電池を持ち込み拒否されてうろたえる、ひとり旅初めての僕は、ソウルの空港でただオロオロするばかり。円形の流れるプールに飲まれ、溺れて死にかけた僕を救ってくれた誰かのお母さん、彼女の浮き輪にしがみついた時の手の感触、そして水の下から見えたゆらゆら眩い夏の空。中から鍵が開けられない個室で取り調べを受けた時の僕の指は運悪く全部、指紋がアレルギーで無くなっていて、米国で飛行機を乗りつぐたびに入管職員にしょっぴかれて、連れて行かれた先には僕と同じように「怪しい」と判断された人々は皆、アジア系、黒人、中東系ばかり、白人なんていやしなかった。一人で見ても味気ないブエノスアイレスのタンゴ。移住しないかと声をかけられた熊本は、その後大きな震災に見舞われた。なんと表現したら良いかわからない彼女の瞳の色に、蝶々と会話ができる驚き。富士山の八合目でお金が無くて山小屋の軒下で野宿した極寒の八月。フォトフレームに収まっていたのはエジプトで薬物のオーバードーズで亡くなった元彼の写真、ねえいいよねと写真にむかって許可をとるあのひとはどうしているのだろう。
 過去も未来もヒンディー語では同じ言葉を用いるみたいに、今生きている僕以外の僕はどの国で何をしていたとしても、何をしようともくろんでいたとしても、平等に同じ僕。一週間まったく睡眠ができなくなり、心身が硬直し衰弱仕切ってしまった僕を解きほぐして正気に戻してくれた人が僕の妻。師匠のカレー屋に連れて行ってくれたのも、僕の妻だったから、運命の歯車の歯が、欠けちゃったとしても、今もカリーを作っているのかもしれないね。何も香辛料だけがスパイスじゃない。旅の経験も人生の出来事も全部、厨房で仕込みをするたびに反映されているのかもしれない。でも、いつも無意識で作っている。美味しくなりますようになんて傲慢な祈りは無用の邪念だから。メニューはチキンカリーとサラダ、チャイのセット一種類のみ。極楽へようこそ。