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観音様と文殊菩薩様と弁天様

今年40歳になります。だんだん割り切れないこと、白黒はっきりつけない方が良いこと、先送りすること、諦めること、解決できないこと、病気のこと、心のこと、さらりと流すことが年齢とともに増えてきます。目に見えないから、触れないから、分からないから故の悩みや苦しみが積み重なってきます。信心深くもなんともなかったのに、現実には解決できなくとも、お寺や神社に行って手を合わせたり頭を下げたりすることで、かりそめにも、心が安らぐようになってきました。
ここからは実証できない個人的な妄想です。僕がカレー屋を営めているのは観音菩薩様のおかげです。僕のご先祖様の中に中国人がいて彼は料理人、しかも煮込み料理が得意だったそうです。先祖返りと言いましょうか、僕が今カレーを作っていたりやたらと煮込み料理に関心があるのはその血が流れているから。僕のルーツである鹿児島のふるさとは、あの鑑真和上が上陸した坊津からさほど離れていません。また当地の昔話に白人の魔法使いのような存在も出てきており、明国の財宝が眠っている噂など、異国の人が流れ着いても全くおかしくない海辺の小さな集落です。そのご先祖様が観音様を深く信仰されていて、その発露で意図せず僕も観音様ばかり描くようになっているようです。振り返れば、好きになった女性の顔も皆観音顔(笑)。うちの奥さんも(笑)。僕自身は操り人形のようなもので、お客様、家族はじめ観音様の慈愛に支えられてカレーが作れています。道に外れるようなことがあった時あるいは道が変更されるような時は、多分、カレーが作れなくなるときだとも思っています。
現在約600冊の本や写真集、画集が極楽カリーの本棚にあります。僕はこれまで様々な本に心を救われてきました。お堅い本よりも詩集や小説や漫画、時に写真集など。カレーに使うスパイスの知識を得るために極楽文庫は割と薬草や香辛料の類は多いですが、それらからは商売道具たるカレーに必要な情報を得られました。1万人いれば1万通りの悩みがあるでしょう。1ページに1行、あるいは一言、誰かの悩みを和らげるものが書かれていれば素晴らしいことだと思います(実際は1冊に1行くらいかなとも思いますが)。仮に一冊200ページだとして全てのページを合わせると200×600=120000ページ。1ページで一人救われるのなら極楽文庫は潜在的に12万人を救えるちからがある。そう思うと、なかなか本を処分できないのです。知恵の仏様である文殊菩薩様は本(経巻)を乗せた蓮華を握っています。店が暇な時、お客様と話をしていてこんな本があるんですよ、と紹介したり、古本屋や書店でピンとくる本を入手する時は文殊菩薩様のおかげだと信じています。仕込みの時間ラジオを聴いているのですが「舌読」という凄まじい言葉をはじめて知りました。盲目で手の神経が効かないハンセン病患者の方が、舌に残る神経を使い点字を舌先や舌の一部分で舐めながら読む方法だそうです。長時間続ければ当然舌から血が流れます。読み聞かせなど叶わぬ時代や環境、そこまでして本(に在る知恵や救いや希望)を求めた方がいらっしゃる事を知りませんでした。聖書を舌読されている方の話でした。カレーを日々作れる身体が有り難いと思いました。
また本の知恵の奥深さに改めて有り難さを感じました。
鎌倉の由比ヶ浜で店を開いたのは自分でも理由がわからなかったのですが今年正月に親戚の集まりがあった時に話題に出たのですが、まだ幼いころ横浜の祖母にあずけられていた僕はばあちゃんに連れられて銭洗弁財天によく行っていたそうです。僕は全く記憶がないのですが、いとこや叔父が教えてくれました。30年以上の時を経て小さなご縁が花開いたのでしょうか?妙に腑に落ちる話しでした。銭洗の弁天様は極楽カリーの真北に位置されています。仮に鎌倉から離れる事があっても商売続ける限りはお参りする大切な場所になっています。
自営業なので1日たりとも安心できる経営状態ではなく、それはこれからも変わらぬ心持ちです。だからお客様はもとより観音様と文殊菩薩様と弁天様、そしてうちの奥様に愛想をつかされぬよう、小さなことからコツコツとやらさせていただいております。