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3.11から5.11

サラリーマン時代にたまたま会社で災害対策委員に就いていた2011年、東日本大震災が起きた。震災当日は横浜中華街のある中区から神奈川区の自宅まで、同じ区内に住む会社の先輩と歩いて帰宅した。勤め先のある、元来埋め立て地であった中華街もかなり揺れた、3月にしては珍しく急に寒くなり雪に近い冷たい雨が降った記憶がある。道すがら、とあるBARを横切った時、お酒を飲みながらTVの画面を観ている人や、何事もなかったように酔っ払い笑いあっているカップルがガラス越しに目に入った。すでにYOUTUBEであの津波の映像が出回っており、それを目にした後だったので「よく平気で呑んでられるな」と訝しんだ。翌日からは会社に泊まり込んで情報収集やら復旧作業の段取りを社長や販売関係のチーフと行った。仙台や青森にも直営店があり、また卸のお客様も多数東北にはいらっしゃり、全国に商品を届けていたから、人的被害の他、物流復旧に特にピリピリしていた。
病気になったり、人間関係が変わったりと、物事が変化するには100の要因があり、そのうち自覚できるのはごく僅かだ、というようなニュアンスのことを作家の五木寛之氏が書いていた。どうしてカレー屋になったのか?と聞かれることがよくあるが、ストレートに応えることは難しい。ただ3.11がきっかけの一つであったことは間違いない。
昨日、石井光太原作『遺体 震災、津波の果てに』をもとにした西田敏行氏主演の映画『遺体 明日への10日間』を観た。
ユニクロの柳井氏が震災後、一刻も早く店を再開することが商売人として世界に「日常」を取り戻すことだ、と言っていた。
店に明かりがついて、食べ物屋さんからは良い香りが漂い、洋装屋には胸おどる服が並び、スーパーには品物が山と積まれている日常。当たり前のような毎日も、目に見えないところで皆んなの不断の努力や苦労で積み重なり支えられている。あっという間に7年がたった。良いことも悲しいことも、忘れることは人間の心を守る安全弁だけど、今の有り難みが薄れたな、と思う節々にこの映画や原作の本に触れることでありふれた日常がどんなに大切を思い出させてくれる。