雨女考 メモ
雨女考
妻は雨女。この夏の酷暑空梅雨日照りが続き路地の紫陽花も茶色く枯れているのが忍びなく冗談まじりに妻に雨を乞うたが雨降らず、何故だ。7/24昨日妻にちょっと良い事があり気分が上向いてきた。翌朝一瞬だけ雨が降った。さらに7/28には昼にバーベキュー夜本人がダンスで出演するイベント7/29は贔屓のミュージシャンが出演するフジロックと妻が好きなイベントが立て続けにある。週間予報では曇り後雨であったがなんと台風が発生し関東に向かうらしい。驚いた雨女が嵐を呼ぶ女に出世だ。彼女曰く自分がワクワク楽しみにしているイベントや予定なら雨が降るがそうでなければ天候には無関与らしい。つまり雨乞いの必要条件は雨女を喜ばせ楽しませることにある。人が雨を司る神に雨乞いする際と同じだ。供物や音楽舞の奉納で神をまず喜ばせられねばならない、雨はじめ自然天候は地球に宿るグレートスピリットの喜び恵みの表れなのだと思う。逆もしかり悪天候も地球の感情だと素直に捉える感性を大切にしたい。人間が地球を喜ばせ楽しませねばならぬのに現実はその反対ばかりやってきてのっぴきならない「ヤバイ」事態を招いている今。科学でどうにもならぬ先にある救いが非科学的と一笑に付されてきた儀礼や祭礼に集約される古来からの自然との互恵関係にあると信じている。昔から続いている事には意味があるのだ。母なる地球も子殺し鬼子母神の顔が際立つ昨今、親孝行したい時に親はなしに成らぬよう地球に恩返しをできる範囲で出来るだけ。70億人が1日一つ恩返しすれば70億の恵みが届く?はやくはやく。地球を喜ばせねば成らない時節はとっくに過ぎているから。