古典
落語も料理も古典と新作(創作)があって屋台骨が定まっている古典でも噺家や飯屋により味わいや趣きが異なる。ムガール帝国由来(であろう)のカレーのレシピが何故か日本に伝わり同じ作り方で違う味になっているから面白い。どんなにありふれた仕事でもそれぞれその人にしか出せないものがあるのだなと思う。天才でなくても新作を出せなくても古典をひたすらトレースしていくと時間はかかるが枠や型からその人らしさが滲み出てくる事もあるはず、なんて考えで仕事をする人間は効率、時短、人工知能全盛の2030年代には絶滅危惧種並みに少なくなるんだろうな。まだ人力で鍋混ぜてるの、なんと舌で品質管理してるんですか、いい加減シェフドロイド導入しましょうよ、いやはや化石みたいな店ですね、とか言われたりして。そう言われたらこう答えてやるつもりです、「馬鹿じゃねえと作れねぇんだって師匠から口酸っぱく言われてるんだ。猪口才な電気仕かけの賢さじゃ、人間くさい、いい加減な味はだせねえんだよ」と、店主ロボに言わせて。