夢魔の通り道
『夢魔の通り道』
僕の妻はたまに奇妙な夢を見る。そして朝飯の時に僕に内容を話してくれる。横浜から鎌倉の大町に引っ越してきて間もない頃に妻の見た夢の話はこうだ。「寝ていると小鳥のような童子なものが飛んできて、道元さんが来ているから一緒に遊びに行こうよ、と誘われる夢を見た。でもまず夫(僕)に相談しなきゃって童子に言ったのよ」。道元さんという名前は知っていたがどんな人物だったか歴史に興味の薄い妻は知らない。ちなみに道元さんは禅僧で永平寺の開祖。鎌倉にも来ていた碑が鶴岡八幡宮近くにある。万が一、妻が童子と一緒に道元さんの所に行っていたら、夢から帰ってこられなかったかもしれない。そう考えると少し怖くなった。しばらく経ち由比ヶ浜に引っ越してすぐ見た夢は「にゃあにゃあと猫の大群が枕元を通り過ぎていく」というものだった。そして昨日見た夢は「仕事で計算に追われている夢を見た。」とのこと。現実にも会社で予算組み立てなどで計算漬けらしく、寝ても覚めても計算計算で夢と現の境目が曖昧な感じがするという。計算嫌いな妻には悪夢だろう。この夢のおかしさは内容ではない。その晩、僕も店で計算をしているのにいっこうに合わない夢を見たことだ。普段なら暗算で解けるレベルの勘定がなぜか何度やってもできない、計算機は壊れる、焦る、というものだ。どうやら妻の悪夢が僕の夢に伝染したらしい。越して来てからどうも奇妙な夢が多い。鎌倉には夢魔がいて夜な夜な人間の夢を弄び悪戯しているような気がする。夢魔の通る道がいたるところにあり、今住んでいるところも寝室が通り道に当たっているのだ。最近は口にすることもなくなったが、妻は大津波やミサイルが飛んで来て地下鉄の駅に逃げ込むリアルでシリアスな夢、はたまた夢の中でまた寝ていて夢を見ていて起きても全然体が動かず、起きる夢などを見ていたなんてこともあった。
一方僕はというと、妙な夢を見ることもあるが大抵忘れてしまう。1年に数度程度だが夢の中で感動して涙を流していることがある。半寝半起状態の意識なのだろうか。泣いているのが寝ながらわかるのだ。涙の後の目覚めはびっくりするほど清々しい。カタルシススリーピング。忘れられない夢もある。10年経ても覚えている、とても短い夢だ。突然、夢の中にアフリカ系の女性が現れて「お前は××歳まで生きる」と告げふっと消えてしまった夢だ。おそらく僕の寿命であろう年齢を伝えてくれる、それだけの夢。強烈すぎてすぐにハッと目が覚めた。僕が当時勤めていた会社のケニア出張から帰国してから見た夢だったから、アフリカの何かを連れて帰ってきてしまったのかもしれない。寿命宣告(笑)以来あまり良いこととは思えないがあと何年間は大丈夫だと計算しながら、同時にたかがゆめじゃないかバカバカしい、気にするなと思いながらも日々を生きているのだ。