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鎮魂311

鎮魂3.11

2012年3月10日、僕は仙台駅に降り立った。当時笛を教わっていた石笛奏者横澤和也先生に言いつかり、美内すずえ先生主催の東日本大震災葦船慰霊祭に笛を吹く役目として参加する為だ。一年前と同じく非常に寒かった。慰霊祭の場所はとある河川敷。石川仁さん指揮の元で制作された葦船には、おむすびはじめ様々な供物が載せられていた。神事用の神棚も設てあり、神主さんの合図と共に慰霊祭が始まった。夕暮れ近くだった。美内先生に「笛吹童子、吹きなさい」と御指示頂き、息を吹き込む。河面の風に笛の音が流れ消える。神主さんの祝詞と共に河瀬の向こうで岩戸が開き黄泉の国の入り口が雲に覆われた空の隙間から鈍く陽の光と共に広がった。震災で亡くなられた御霊たちが供養のおむすびを食べ喜んでいると神主さんが涙を流しながら語る。犠牲者たちの魂を乗せ葦船が河に流され、津波が押し寄せた河口へと下っていく。死者たちの魂が黄泉の国への旅立ち、初日の慰霊祭は幕を閉じた。その日の夜は雪が降った。翌日、2012年3月11日。この日はたくさんの犠牲者が出たとある小学校の近くで吉野からいらっしゃった蛇ノ倉七尾山の修験者の皆さんが護摩焚きをする日だ。護摩壇が組まれるのを眺めながら、あるお地蔵様の話を耳にした。あたり一体津波でごっそりと抉られた中、お地蔵様の像立っていた場所には沢山の遺体がまるでお地蔵様にすがるかのように流れ着いていたそうだ。その光景を想像して涙が流れた。護摩焚きが始まった。護摩壇にさしこまれた蒼い松からもうもうと煙が上がる。修験の行者様たちに合わせてその場にいた皆が般若心経を唱える。炎と経文の声が渦を巻き、まるで大地と天を結ぶ梯子のように煙が昇っていく。その煙をまとい、幾千もの津波に呑み込まれて亡くなった魂が天へと導かれていく。蛇ノ倉の長老様が、御霊たちが成仏していっているとその場に居合わせた者たちに説明して下さった。
 3.11から10年が経つ。今、自分は東日本大震災で亡くなった方たちに対して、胸を張って頑張って生きています、と言えるか?あの時、東京湾が震源地であったらどうなっていたか想像もつかない。紙一重で助かった幸運を大切に活かせているか?惰性に流され慢心や不満が己の心に渦巻く度に、あのビジョンをそっと思い出し自戒する。2011年から10年を経た。東日本大震災で亡くなられた方々の御冥福をお祈り致します。そしてこの10年を歩まれた全ての方々のより良き未来をご祈念致します。
#極楽語