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極楽かけじく

インスピレーションで極楽という店名をつけた後になんちゃって仏画を描き始めたので最初は神仏を深く信じる気持ちは極めて薄いものでした。実家もいたって淡白でお盆に墓参り、元旦に初詣くらいのフツーの家だったので30歳くらいまでは自分もそんな感じでした。カレー屋はじめてから経営や家庭状況が極めてしんどい時期が続き自分の力ではどうしようも出来ない悩みや苦しみが胸に蓄積すると、心の叫びを誰かに聞いてもらいたくて山に登ったり神社仏閣に参るようになりました。黙って聞いてくださる存在がいる場所、を意識するようになり、なんとなく神様や仏様はいるのかな、と思うようになりました。溺れてたのを助けてもらったり、車に轢かれる寸前で助かった幼少期の記憶をはじめ、店で首元で大きなガラス瓶が破裂しても全く無傷で済んだりと何かに助けられている感覚を次第に意識するようになり、2021年は自分たちの力ではどうしようもならない事が同時多発的に起こり、心底、神仏にすがり祈らざる得ない事が何度もありました。特に流行病で脳がやられて意識混濁までいった親戚が奇跡的に回復したり11月の近所出火の火災に罹災してほぼ無傷で事なきを得た際は、奇跡が起こったのを理屈ではなく身をもって体験し神仏の加護を心の底から感じ、その存在を確信しました。夢枕に立つとか本当にあるんだ、と半ば笑ってしまう事もあります。信じろ、と言われて信じるようなものではないと思いますが、本当に自力で解決できない困難や苦しみに直面した時に、心を向け手を合わせられる存在がなにかしらあると、人は己を保っていられるのかもしれない、と思います。願いが叶ったり問題が現実に解消されるかは分かりませんが、それは神仏にお任せ、と丸投げすれば何とかなる事ではなく、自分と神仏やご先祖様との、つまり見える世界と見えない世界との共同作業で構築していくものなんじゃないかな、と今は感じています。単純に押しつぶされそうになった時に、無言で寄り添ってくれる存在が心の中にいると、人は楽になれると思います。神仏が何かをうまく説明できませんが、思いやりや、困った人に手を差し伸べられる心を仏様や観音様だと言ってもさしつかえない、そんな体験をした2021年でした。
 ↓は僕と妻が現世で現したい世界を己をブッダナイズして描いたものです。